A1:高次脳機能障害のある方の真意を汲み取ることは、簡単なことではありません。しかし関り方の方法によっては、とらえるべき方向性がある程度見えてくることは、よくあると感じています。
その人の行動や言動をよく見ながら関わっていると、高次脳機能障害の全体の重症度を大まかにつかむことができます。一般に全般的認知機能あるいは、ただ認知機能などと呼ばれているものと考えていただいてよいでしょう。全般的認知機能の重症度は、患者さんの意思決定能力と強く関係しています。私はこれを、良好、軽度、中等度、重度、最重度、の5段階に分けてとらえているので、この5段階に沿って、患者さんの意思決定能力を考えてみることにしましょう。
良好あるいは軽度認知機能低下の人は、十分な意思決定能力を持っています。見え方、話し方などに個別の高次脳機能障害を生じていたとしても、情報を手に入れることができれば自分で考え決めるだけの能力を有しているので、情報入手のお手伝いをして、自己決定を促す援助が適切でしょう。
中等度低下の人には、もう少し踏み込んだ援助が必要です。認知機能が中等度に低下している人は、自分なりの考え方や好み、主義主張がある方が多いので、自己決定にはそれらが生かされるべきであると思います。ただし、十分に全体を見渡して考えることや、感情を排すこと、それをしたことによって起きる影響を考慮すること、などはできなくなっている人をよく見かけます。これらの点に関しては援助が必要です。素直に人の意見を聞ける人の場合は、援助によって自己決定に行きつけることもありますが、人の意見が聞けず自分の人生や周囲の人の人生を尊重できない決定をしてしまう場合には、自己決定と見なして対処しなければならないと思います。中等度に低下しているからと言って、一律に自己決定困難と決めつけるのではなく、どのような援助でその人の意志が部分的にでも反映させられるのか、考えていくことが求められています。
重度の低下の場合、自己決定は全く困難と考えがちですが、そんなことはありません。記憶や見当識が損なわれ、今の状態を的確に把握する力は失っていることが多いですが、その人らしさが残されていることは決して少なくありません。その人が大切にしてきた生き方、考え方が、わずかな言動の中から垣間見えることもあります。言っていることが多少とんちんかんでも、おそらくこういうことを望んでいるのだ、と感じられることもあります。その人に関わるさまざまな決定に、それを活かしていくことは、関わる人の姿勢で大きく変わってきます。もちろん重大な決定をする力はありませんので、私たちにできる援助は、いかにその人らしさを反映した決定に近づけるか、ということだと思います。
最重度の低下者は、認知的な反応がほぼ消失しており、残念ながら今の状態からうかがえる意思はありません。この場合はお元気であった時の様子を知る人からうかがい、思い図ることになると思います。
認知機能の重症度を見分けることは、実はたやすくはありません。さまざまな検査がありますが、どれもうまい具合にこの重症度を判別してくれない、と感じています。そこで、行動観察から高次脳機能障害を評価する認知関連行動アセスメント(CBA)をお勧めしたいと思います。使い慣れれば、全体の重症度にあたりをつける力が身についてきます。それぞれの方に残された力を知りながら、適切な援助ができる力がつくと思います。
誤解がないように付け加えますが、その人らしい意思決定には、認知機能だけではなく、その方の性格、価値観、習慣、あるいは心理(気持ち)などが絡まり合い、その総合体で行われると思っています。リハビリテーションが機能主義に陥り、その人となりを見ることを失わないようにしていきたいものです。実を言うと、CBAはこれらすべてを含めた評価でありたいと思っています。
A2:もちろん違うと思います。『その人らしい生活』をするための1つの大切な要素である可能性はあると思いますが。なぜ30年引きこもりだったのか、その方はほんとうはどうしたかったのか、それを探らなくては『その人らしい生活』は見えてこないのだと思います。
A3:リハビリテーションが果たすべき究極の役割ですが、ほんとうに難しいことだと思います。専門職として、的確な評価と問題点を抽出できるスキルを身に着けていることはもちろん必須ですが、根本に「その人」をとらえ、寄り添い、コミュニケーションをとる力(人間力と言うような?)が必要だと感じています。持って生まれた力でもありますが、必要性を認識し鍛錬することで、磨くこともできる力だと思っています。
A4:重要な一因です。『できるADL』を『しているADL』にすることを妨げる要因には、環境(マンパワーや周囲の理解を含む)、心理(やる気を含む)、高次脳機能障害、その他、と感じていますが、本人に「自分でやろう」という気持ちを抱かせることは、とても重要であると感じています。主体性を本人任せにせず、主体性を育む関りが必要です。
A5:全くその通りだと思います。本人の目指すものが明確でない中で、ゴールはあいまいなものにならざるを得ません。しかし、「主体性」を支える要因として高次脳機能(認知機能)の状態があります。一定以下の状態であれば、主体性を発揮することは困難です。中等度以上に保たれる方に対しては、主体性を引き出すアプローチをしていくことが必要だと思っています。
A6:意思決定をするためには、必要な情報を入手すること、判断に必要な根拠の知識があること、それらをまとめて考えること、などが必要です。不十分な点がある人に対して、意思決定の機会を奪うのではなくて、援助をして自力で意思決定してもらうことが大切です。「ストーリーの共有」という考え方は、とても重要だと思います。何が起き、どういう状況にいるため、何を決定しなければならないのか、本人が納得できるストーリーを明確に示し、援助するこちらもそれを理解し、決定を援助していくことができることが望まれます。
A7:
全くその通りです。それぞれのリズムやスピードがあり、タイミングもあります。本来はそれらが尊重されなければなりません。しかし、医療福祉の構造の中で待ったなしで進んでいくことが多いこと、施設側の体制要因などにより、十分な時間や手間暇がかけられないこと、などに出会うことは少なくありません。もちろん可能な限り、安全・効率より、本人の思いを大切にすることを優先できる方法を考えるべきですが、そうもいかないことも多いですね。「倫理的な対応」というものは、常に時間と手間がかかります。しかし、それを見失わずその視点を見逃さないスキルを磨いていきたいものです。
A8:デマンドの理解は、表面的なことばの理解とは本質的に異なるものですが、それを理解するには経験が必要です。若いころにたびたび犯す失敗と感じます。リハビリテーションは人の人生をサポートする取り組みです。「そんなに単純に答えを出せるものではない」ことを思い知る経験が必要かと思います。